歌って!、のシーン、橘一美が応える。このアイディアで彼に気付きをもたらした円(まどか)が、そっと頭から紙の環を外す。胸が詰まる。円なくしては彼はそれを感じなかったからだ。
スターとは何か。才能に恵まれた彼は、歌手になりたいのは光を浴びたい
からだと言った。彼はわかった。そうして光溢れる世界に戻って行った。
この作品が今日までレビューがゼロだったなんて、信じられない。書く人は居なかったけれど、読んだ人は居たと信じたい。本作品の後に発表される「糸のきらめき」は、この橘一美のお母さんの話なのだから。そっちは本日現在3レビュー。私は手元に置いていたときは、本書は数えきれぬほど開いたものだ。シーモアにはご同輩もなかなか多いと見ているのだが、振り返る人は少ないのだろうか。
因みに次の「SCENE105」は、「白いアイドル」と「青いリサイタル」と直接ではないにしろ少し縁のあるストーリー。読み比べして楽しみを増やせる。
昨今芸能人に主人公が好かれる話が目立つ気がしているが、かつてはこの分野、くらもち先生の十八番だった。先生が読み手の敏感なときめきを巧みに絵で誘ってくれるから、主人公の想いの辛さが余計際立つ。束の間の逢う瀬の珠玉の時間が、読み手のこちらに夢と溜め息を運んで、教室で回し読みした誰もが一連の作品の魅力に嵌まってた。この世界のまさに甘酸っぱい感覚が、ティーンエイジ当時喚起された感情の記憶と、今読んでも涌いてくる二人の薄氷の関係性への漠然とした恐れと、一緒になって胸に来る。
「雪のなみだ」「小さな炎」は古典的手法のドラマを感じてしまい、くらもち節が控え目。絵はもうあの頃確立の人気の画風なのだが、美内すずえ先生作品みたいな印象もどことなく。
「忘れんぼう」(1973年)にはラブ要素無し。小学生読者を意識したようだ。これ以外の4作品全て1976年作品。
芸能もの2本分で全頁の半分を占める。星5。残る3本分は星4に思うが、総合で4.5、結果5。
作品群読み直し中、ネットで調べ物したら、全ての線1本までこだわる完全主義の先生は、アシさん達帰宅後も寝ずに描き続けた為、79年「100Mのスナップ」から94年までの長い間鬱に襲われていたと。91年「チープスリル」で遂に休載に追い込まれたと。NHK朝ドラ「半分、青い」(2018)は私は嬉しかったが、下敷は1980年作品のいつポケ。お辛さを知らずにずっと作品堪能した頃。私は星を下げられない。
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