ものすごいスペクタクルなんて何もない。
だがジワっと滲む、胸の奥の感情を刺激するような、不思議な作りのほんわかストーリーの短編集。
川原先生作品はやや辛い境遇にいるキャラがよく出てきて、不意に泣かされそうになってしまうが(特に「架空の森
」は、喫茶店で読んでいて、しまった家で読めば良かった、と後悔した。「美貌の果実」もきついところがあるので場所を選んだ方がいいかも)、物語中の当人達はそこをものともせず、いつも前を向いてしっかり生きている。それがまた、周囲の面倒見やさりげない目配り描写の、濃すぎず乾いてもいない面白い塩梅の人間関係に繋がっていて、川原先生の作風を確立している感。
感動させようとか可哀想でしょうとか、そんなわざとらしい作り込みがないのがいい。
主人公を寂しく苦しく放置せず。不幸アピールでいたずらに読者に同情を煽ることはしない。
言葉数が多いので、文字ウエイトが多い漫画を好まない人には向かないが、私はそこが気に入っている。言葉遣いの楽しさがある。豊富な語彙力で言葉を惜しまず遊んでいるし、蘊蓄で知識豊かになった気にもなる。植物名がリズミカルに並べられ、五七調で繋がっているところなど、読む流れや音の響きも重視しているのがわかる。
これをベースが貧しい人がやっても、きっとストーリーに入る前に、頭でっかちの面倒臭いものになってしまう。肩に力の入りすぎていないキャラ達が、川原ワールドで個性逞しく存在感を発揮していて、物語の先への読み手の興味を喚起する。最後ホッとさせる終わりかたでストンとまとまりがある。
剣道の絵に見入ってしまった。絵のほうはクセがなくて、人物描写も一歩間違えれば変わり者になりかけるのに、内容に比して寧ろ読みやすい。
以下全て「花とゆめ」誌掲載情報。
「愚者の楽園」ー8月はとぼけてる(86年17号)
「大地の貴族」ー9月はなごんでる(86年19号)
「美貌の果実」ー10月はゆがんでる(86年21号)
「架空の森」(86年13号)
「森には真理が落ちている」(88年1号)
「パセリを摘みに」(ー究極の11月)(85年23号)
注:パセリーに副題は無いです。私が上記3作品を意識して、冒頭から「勝手に」付しただけです。
ヤシの実が頭に落ちると命の危険もあります、と、以前南国で忠告されました。
もっとみる▼